
港区の坂シリーズ、今回は『赤坂』をご紹介します。

赤坂は1丁目から9丁目まであり、とても広大なエリアです。
「赤坂」というだけあって坂が多く、入り組んだ路地、そしていたる所に神社仏閣や公園があり、東京のど真ん中に位置しながらも緑が多いのも特徴です。
「赤坂」という坂道はない。
赤坂という坂自体は実はありません。
赤坂という名前は、坂上に茜草(あかねぐさ)が生え、「赤根山(あかねやま)」と呼ばれたことから、赤根山に上る坂を赤坂と称するようになったそう。
「染物屋が坂に赤い絹を干したから」という別の説もあります。
赤坂は、1657年(明暦3)発行の地図に名前が初めて登場します。
ですが、このときは千代田区側に記されています。
諸説ありますが、このことから、赤坂はもともとは麹町へ上る坂の名だった可能性もあるそうです。


『九郎九坂』(くろぐさか)
江戸時代の一ツ木町名主秋元八郎左衛門の先祖「九郎九」が住んでいて坂名になった。
鉄砲練習場があって鉄砲坂ともいう。



『豊川稲荷』(とよかわいなり)
愛知県豊川市豊川町にある曹洞宗の寺院の東京別院です。
境内に入ると狐だらけでちょっと怖いです。
赤坂という土地柄か、「森公美子」「薬丸裕英」「堺正章」「上田晋也」「有田哲平」「マツコ・デラックス」「有働由美子」など芸能人の名前が書かれた提灯が目を引きます。

『弾正坂』(だんじょうざか)
西側にあった吉井藩松平氏の屋敷の当主が代々「弾正大弼」に任ぜられることが多かったことに由来


『牛鳴坂』(うしなきざか)
赤坂から青山へ抜ける厚木通で、路面が悪く車をひく牛が苦しんだために名づけられた。
さいかち坂ともいう。

『丹後坂』(たんござか)
元禄年間(1688~1704)に開かれたと推定される坂。その当時、坂の東北側に米倉丹後守の屋敷があった。
ツイート @aozora26242025年10月21日

