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エリア紹介 第10弾 江戸無血開城 西郷・勝 会見の地(田町)

 

JR田町駅西口から第一京浜を浜松町方面へ徒歩2分、三菱自動車本社ビル脇に丸い石碑があります。

 

刻まれた文字は西郷南洲(隆盛)の孫 吉之助の筆によるもので「江戸開城 西郷南洲 勝海州 會見之地」とあります。

 

 

この地は薩摩藩邸の蔵屋敷があったところで、慶応4年(1868年)3月14日、西郷隆盛と勝海州の会談がここで行われました。

 

江戸城への総攻撃が直前で回避され、無血開城が実現した歴史的な場所です。

 

 

 

 

【西郷・勝の会談】

 

大総督府下参謀「西郷隆盛」と、陸軍総裁「勝海舟」との江戸開城交渉は、東京都港区田町にあった薩摩藩江戸藩邸において2回行われました。

 

東征軍の江戸総攻撃は慶応4年(1868年)の3月15日に決定していましたが、交渉は3月13日、14日というギリギリのタイミングで行われました。

 

3月13日の交渉は、以前提示された徳川慶喜の降伏条件の確認のみで、あっさりとしたものでした。本番は翌14日の第二回交渉です。

 

ここで、降伏条件に対する勝の回答が提示されました。しかし、その内容はゼロ回答といえるものでした。

 

徳川慶喜は故郷の水戸で謹慎する、命に関わる処分者は出さない、江戸城の明け渡しに際しては旧幕府側に対して寛大な対処を望むというものでした。

 

到底、攻められる側が提示する条件ではありません。

 

しかし、西郷は翌日の江戸城進撃を中止し、自らの責任で回答を京都へ持ち帰って検討することを約しました。

 

「江戸無血開城」が決定した瞬間です。

 

 

NHK大河ドラマ「西郷どん」第37回はこの「江戸無血開城」の話です。*台風のため9月30の放送は中止

 

 

 

【西郷どんストーリー】

 

江戸城総攻撃を前に、西郷吉之助(鈴木亮平)は、幾島(南野陽子)の手引きで秘密裏に天璋院(北川景子)との対面を果たす。

 

吉之助は江戸城から逃げるように伝えるが、天璋院は徳川の名にかけて戦うと答え、自ら自決する覚悟だと迫る。

 

そして、江戸城総攻撃の前日、吉之助は勝(遠藤憲一)と薩摩藩邸で対面する。

 

江戸の民を救うために総攻撃を中止することを求める勝に対して吉之助は大きな決断を迫られる。

 

 

大河ドラマ効果で、石碑の前には人だかりができていました。

 

 

今ではその面影を残す建物は何も残ってはいませんが、江戸の町を火の海にする惨劇を防いだ会談がここで行われたと思うと感慨深いものがあります。

 

 

 

『江戸無血開城 西郷・勝 会見の地』

 

住   所:東京都港区芝五丁目33番8号

 

アクセス:JR山手線・京浜東北線:田町駅(西口)から徒歩2分

都営地下鉄三田線:三田駅A7出口から徒歩1分

 

 

2018年10月1日